Diary
2013.5.27【街の14景】レコーディングエンジニア速水氏(+木暮)による全曲解説インタビュー(後編)
<後編>
――「荒M」って、意味深な仮タイトルですね(笑)。
木暮栄一 フフフ…。最初は、アルバム用の曲としては作ってなかったと思うんだよね。弾き語り用かなんかだったと思うんだけど、弾いてるの聴いて「いいねー」って言ってたら、このアルバムに入ってきたっていう。
速水 こんなしっとりした曲だけど、レコーディングはえれぇ手こずって。
――例えばどういう点で?
速水 これ、まーちゃんのベースはE-BOWなのね。磁気か何かを起こして、弦が振動するやつ。この音を録るのに半日くらいかかって(笑)。オクターブ上の音まで出ちゃって、それを出さないようにするのにすごい手こずって。一度、もう止めようかみたいな雰囲気にもなったよね(笑)。まーちゃんは意地でやってたけど。
木暮 そう(笑)。最終的にはチョーうまくなってたけどね。
速水 うん。このベースがすごい気持ちいいもんだから、最初のミックスでは音がえれぇデカくて。荒井が帰りの車で聴いてたら、窓が震えるほど低音出てたって(笑)。それで慌てて下げたっていう。
――はっははは。E-BOWを使うっていうのは、まーちゃんのアイデアで?
速水 なんかね、荒井のデモでは最初ストリングスが入ってて、じゃあそのイメージで作りたいなってなって。誰だったか覚えてないけど、そこでE-BOWっていうのが出たんじゃない? 昔録った曲でも、一度使ったよね。
木暮 あ、「led」って曲ですね。ギターに使ったんだけど。この曲も、アルバムならではって感じで、いいよね。
速水 次は……、なんだったかな? 「アウトサイダー」か。
木暮 スネアのピッチが低いでしょ? 低いっていうか、バシッっていう音。荒井からのリクエストで、カンカンした音は嫌だっていうのがあって(笑)。たぶんYASUNO No.5でザキ(husking beeのドラマー)の洗礼を受け過ぎたからだと思うんだけど(笑)。
速水 この曲、短いなあ。3分ないんだ。
木暮 アレンジがよく練られてんなあって感じがしますよね。
速水 ギターの流れとか、バンアパっぽいっちゃあ、バンアパっぽいよね。そう思うよ。
木暮 (ギター・ソロのタイミングで)ここまで西海岸と下北を行ったり来たりしてる雰囲気だったけど、ここでいきなり湘南っていう(笑)。荒井は鎌倉育ちらしいんだけど、ハイソサエティな街から小学校の途中で北区に来ちゃったって感じ…っていう解釈も出来る(笑)。このあたりのメロディも、ボーカリストが作った感じがするな。
――この曲に関しては、エンジニアとしてどんなトライアルがありました?
速水 この曲は、特に工夫のない(笑)、シンプルにそのまんま録ったかな。ギターリフのオモシロオカシイ感じを楽しんでいただけたらいいんじゃないでしょうか?
――なるほど。次のライさん曲は……。
速水 いや、ここで荒井さんから待ったがかかって、原さんの曲に。
木暮 そうだ。まだ「夜の向こうへ」のアレンジが出来てなかったんですよね。いちばんカオティックな時期で(笑)。ちなみにいつ録ってました?
速水 ……2月2日になってんな。
――録りはじめて一週間が過ぎた頃ですね。
速水 なんか、さっきから恥部を包み隠さずさらしてるような気がするけど。
木暮 大丈夫です。すでにバカの集団って思われてるから。
――はははは。
速水 (「ARENNYAで待ってる」を流して)これはもうレアなところを狙って。70年代のR&Bっていうか、ソウルっぽい感じを。どっちかっていうと、デッドな感じだよね。
木暮 そうですね。覚えてんのは、最初に速水さんと決めたタイトなドラムの音色があって。後でまーちゃんが聴いたら、もっとミュートを取って、ピッチ下げてってなって。それでこの音になったんだよね。まーちゃんの歌詞が面白いよね。録る前日の夜に仮歌録りをするんだけど、そん時にギリギリ出来たって感じだったかな。ひたすらiPhone片手に室内徘徊しながら歌詞打ち込んでた(笑)。
速水 焦りしか感じなくて、気の毒になってきて。
――(笑)エンジニアとしては、そういう切羽詰まってきた時に何か働きかけたりするんですか?
速水 励ましたり? しないよ、そんなこと。
木暮 ふはははは。
速水 心の中で「がんばれ」とは思ってるけど。
――密かに念を送ってると(笑)。爽快なコーラスがいいですよね。
速水 うん。AORというかソウルというか、オサレですよね、この曲は。
木暮 最近まーちゃんこういうの好きだよね。川崎のギターって、なんかエフェクトかかってんスか?
速水 フェイザーがかかってる。録りの時に仮でかけてて、そのまま忘れてかけっぱなしなんじゃないの。
木暮 あまりにも馴染んでて(笑)。イイ感じですよね。
速水 しかしエンディング長いな。フェイド・アウトだけど、実際7分近くやってたもんな。
木暮 どう終わるかが決まってなかったから、とりあえず長くやってるっていう(笑)。
速水 ハードディスクのムダ遣いが(笑)。
――はははは。次に来るのが「夜の向こうへ」ですね。
速水 そう。荒井さんワールド全開なポップ・チューン。これはもう、心地よくスカーンとビートが聴けるように。素直でストレートな、特に工夫のないミックスで(笑)。
木暮 ははははは。
――すごくクリアなミックスですよね。これってゲストコーラス入ってる?
木暮 いや。あの掛け合いのコーラスはまーちゃんだよ。
速水 結構、いい声だよね(笑)。掛け合いなんて久々じゃない?
木暮 「fool proof」以来、かな。
速水 このタンバリンの入れ方はポップだなあ。バスドラにちょっとだけリミッター入れてるだけで、ノーコンプだね。
木暮 ほぼ録り音ってことですか?
速水 うん。よく録れたよね。
木暮 荒井の中ではいちばんアレンジに時間かかったみたいだけど。ここまでツルッと聴かせるのに苦労したんじゃないかな。
速水 ♪チャカチャーンっていうギター、川崎が妙に上手かったの覚えてるな(笑)。次は……原さんが歌メロ出なくて死にそうになってたヤツだ。
木暮 あぁ、「AKIRAM」っすね。
速水 このイントロの入り方が曲者だよな。パッとあんま聴きわからないけど、いきなり表裏ひっくり返るっていう。Bメロのギターのメロの上に本来のメロを乗せるのに必死になってたよね。
――この頃はいよいよ状況的にパツパツで、えーちゃんが歌詞を書いたんだよね?
木暮 そう。俺が仮歌詞を書いて、それが採用されるっていう。仮だと思って書いてたから、1番のAメロとか全部の行で韻を踏むっていうムダなことをやってて(笑)。最初はインストにしようとしてたんだよね。興が乗ったのか、メロディを乗せることになって。
速水 大サビのところの広がりが気持ちいいんだよね。アコギの音もキレイに録れてよかったよね。このクラップ(手拍子)が気持ちいいんだよなあ! 4人で録ったんだけど、奇跡的にいい音で。だからちょっと大きめに入れて(笑)。
木暮 はははは。川崎が言ってたけど、ギターがスゴい難しいらしいよ。
速水 次がその川崎の「black」か。録ったのは、2月6日だね。全体的にコンプレッションをかけて、肉厚でマッチョなサウンドにして。全員でバーッと鳴らしてる雰囲気にしたいっていう作曲者の意図があったから。想像以上にマッチョになっちゃったけど。
木暮 川崎的には、もっとローファイでもよかったみたいですよ。音を汚くしたいって言ってたかな。
速水 へぇ。さすがに自分の曲だから、録るのも早かったよね。しかしあいつ、いいリフ作るよなあ。
木暮 ソロもかっこいいですよね。
速水 うん。みんなゲストに気づいてくれてるかな?
木暮 鈴木 健さんの渾身のシャウトが(笑)。
――遠方で叫び声が聴こえますね(笑)。で、この次は……。
木暮 「仇(になっても)」だね。
速水 これも太鼓に結構長めのリバーブかけたな。
木暮 そうなんですね。良い音。
速水 この、人生の機微をグライダーに重ねあわせた歌詞がいいよね。
木暮 アーティストの意向で歌詞カードには載ってないんだけど。(現在はHPに掲載されています)
――決して間に合わなかったわけではなく(笑)。
木暮 まぁ、間に合わなかったんだけど(笑)。
速水 まーちゃんって、全体が図太く鳴ってるよりも、一個一個の音がクリアにバンッ!ってくる方が好きだから。あの人の曲は、特にそういうふうに心掛けてますけど。
木暮 迫力がありつつも分離がいい、みたいな。
速水 うん。ひと頃、ファットめなサウンドメイクが続いてたような気がするんだけど、こういうクリアーな感じもいいよね。3枚目、4枚目あたりはかなり太めだったような。
木暮 そうっすね。「Surface ep」とかもそうですよね。
速水 何、「Surface ep」って?
――もはや忘却の彼方に(笑)。
速水 タイトルで言われてもわからないんだよ(笑)。で、次は「outro」か。同じコード進行で強引に繋いじゃうっていう。
木暮 ははははは。これは全体的にエフェクトかかってんすか?
速水 うん。全体にっていうか、一個一個の音をこもらせてる。ギターもハイ落ちさせてるし。
木暮 それが、家であったかいシチューが待ってる感に繋がってるんですね。
――はっはははは。
速水 俺、結構こもらせるのが好きで。真ん中よりちょっと低いところを太めに作るっていうか。もっこりした音が好きなんだよね。このカホンの音が妙にいい音で録れたんだよなあ。シンプルに録ったから、この曲に関してはあんまコメントないなあ(笑)。
木暮 そりゃそうですよね(笑)。あ、それで最後に「師走」を録ったのか。
――なんで「師走」が最後になったんですか?
木暮 たぶん、「仇」ができなさ過ぎて、これに取り掛かれなかったんじゃない?
速水 インストだし、歌がないぶん真ん中を空けとかないでいいから、エンジニアとしては割りとやりやすかったっていうか。歌ものでオケを頑張りすぎると入れる隙間がなくなったりするからね(笑)。いちおう歌の居場所を考えながら録るんだけど。面白い曲だよね、これ。マスタリングの橋本さんが言ってたけど、各楽器の絡みが立体的で面白いって。そこを楽しんで聴いてもらえたらいいんじゃないでしょうか。
――ミックス的には、ダイナミズム重視というか。
速水 そうだね。エンディングに向けて、最後の16小節くらいがだんだんデカく聴こえるような処理はしてるんだけど。だんだん音圧が上がっていくような。波形が徐々に太くなってるでしょ? (3:48あたりで)ここ、川崎が弾いてる横で、まーちゃんが自分でツマミ回して人力でフェードインさせてんだよね。だんだん迫ってくるようにしたいって言ってて。その画を想像しながら聴いてもらいたい(笑)。
木暮 ははははは。
速水 俺は、これをちゃんとライブでやれるのか心配でしょーがないんだけど。
木暮 フフ。練習ではなんとなく出来てますけどね。
速水 未だに俺、この部分(アウトロ)の拍が取れない。
木暮 6、7、6、8っすね。ちょっとトリッキーな。
速水 これを録ったのが……3月14日か。総制作日数としては33日間。本来の締め切りから1ヵ月と14日が過ぎ去っている。
木暮 (天を仰いで)……長かったなあ。
――過去最高に時間と労力をかけただけあって、非常に濃い作品に仕上がって。
速水 そうですね。あんまりリミッターとか、そういうのに頼らないで、しっかりした音で録れたらいいなと思ってたんだけど。結果的には気に入ってますね。爆音で聴いてもらいたいですね、今回のアルバムは。爆音でも耳に痛くないと思うので。<了>
速水直樹
レコーディング・エンジニア。the band apartの録音を初期からほぼ全て手がけている。趣味は釣り。酒好き。スタジオ近辺でのお気に入りの飲み屋は「とり幸」。